« 手首の瘤は “血腫” | Main | “謙虚に心穏やかに” »

September 01, 2018

“更級日記”

2963


8月30日(木)の “読売新聞”“四季” ・・・
素晴らしい和歌を見つけた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  “菅原孝標の女” ・・・ すがわらのたかすえのむすめ

    “まどろまじ今宵ならではいつか見むくろとの浜の秋の夜の月”


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この “菅原孝標の女” は、あの古典 “更級日記” の作者。
σ( ̄^ ̄)中学校だったか高校だったか・・・ 習った記憶がある。
が、その内容とか作者のあれこれなどはまったく知らないのだが・・・


この和歌を作った作者の年齢は13歳とのこと。
そしてご先祖様には、あの “菅原道真公” ・・・ “天神様” が・・・
父親の地方赴任により “千葉県上総” に10歳から住み、13歳の時に父親の任期終了で京都に帰ることとなり、そこからこの日記が始まっている。

それは “西暦1059~1060年” 頃・・・ ざっと “958年” も昔のこと・・・
“更級日記” は50代になってから書かれた回想の記録とのことながら、その元となったものを幼いころから記録していたのだろう。
ただ不思議なのは “作者の名前” が出てこないこと。


σ( ̄^ ̄)も “上総の国” ・・・ 木更津の地に2回勤務したことがあり、彼の地へは深い思い入れがあるもので、 “上総” とか “木更津” といった名称を目にしたり耳にしたりするとどうしても注目してしまう。 /(* ̄▽ ̄*)


この和歌を現代風に訳すと・・・
今夜はまどろんでなどいられない。今夜でなければいつ見られるというのだろう、この美しいくろとの浜の秋の月夜を・・・
ん~・・・ こんなところでしょうか・・・ (* ̄▽ ̄)/


ここに登場する “くろとの浜” の場所について調べてみた。
結論・・・ 不明・・・

一説には、木更津辺りの “畔戸(くろと)” 海岸とか・・・
しかし、京都に向かう方向とは逆で・・・ 違うのではないかと思う。

また一説には、 船橋市の “船橋大神宮” 辺りとも。
が・・・ ちょっとイメージが違う。

それと・・・“千葉市稲毛区黒砂” 辺りとの説もあり・・・
そこは海岸線が埋め立てられる前はすごく風情のある場所だったらしく・・・
σ( ̄^ ̄)としては、何となく “千葉市” を支持したい。


しかし・・・ 950年も昔の “秋の夜の月” はどんなだったのだろうか・・・
たぶん・・・ 東京湾の上に白く光る美しい月を眺めて・・・
いやいや・・・ 何とも “浪漫チック” ではないか。 V(* ̄▽ ̄*)


まだ、ほんの少し調べ始めたばかり。
とても “研究” などできるσ( ̄^ ̄)ではないので、活字になっているものを楽しみながら少しづつ読み解いていこうかと・・・ m(_ _)m

|

« 手首の瘤は “血腫” | Main | “謙虚に心穏やかに” »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 手首の瘤は “血腫” | Main | “謙虚に心穏やかに” »